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需要と供給(便乗値上げに見る資本主義の本質)

数年前に、近所のショッピングモールで、ウィスキーの試飲フェアを行っていたことがあり、たまたま車を運転しなくても良かったため、いくつかの銘柄を試飲させてもらいました。

結局、スコットランドの「ボウモア」(BOWMORE)というシングルモルトウィスキー(大麦麦芽を原料にして単一蒸留所で造られたウィスキー)を買って帰ったのですが、そこからウィスキー、特にシングルモルトにはまってしまいました。

ピート香とよばれるヨードチンキのような匂いが強い、「ボウモア」も好きなのですが、シェリーの香りとスムーズな甘さのバランスが絶妙でシングルモルトのロールスロイスと呼ばれる「ザ・マッカラン」(The Macallan)や日本の「山崎」(YAMAZAKI)や「白州」(HAKUSHU)という銘柄を愛飲するようになりました。

さらに二十年くらい前に遡ると、私は学生バイトながら、当時はカフェバーと呼ばれていた小さな飲み屋を任せてもらっていたので、店にあるお酒を好きに飲んでいました。もちろん店のオーナーに了解してもらってですが、店の常連さんに「池谷くんも飲みなよ」とおごってもらうこともよくありました。

当時好きだったのは、スコッチよりも、「I.Wハーパー」(I.W. Harper)や「ジャックダニエル」(Jack Daniel’s)、「フォアローゼス」(Four Roses)、「ワイルドターキー」(WILD TURKEY)といったバーボンやテネシーウィスキーでしたが、どれも値段が高く、特に「ジャックダニエル」はひときわ高く、一本1万円くらいしたような記憶があります。

それが十数年前、シングルモルトに出会った頃には、多くの銘柄の値段が半額や3分の1くらいに下がっており、昔に比べて「いい時代になったものだなぁ」と感じたものです。
為替の影響もあったと思いますが、ウィスキーの人気が低迷し、1988年には、233千キロリットルあった消費量が、2008年には、75千キロリットルと3分の1以下に落ち込んでいた(国税庁の酒類販売(消費)数量の推移より)こともその理由であったようです。

ところが、ここ数年、一部の銘柄で値段がどんどん上がってきています。

特に、私の好きな「山崎」や「白州」は異常なくらいに上がっています。

背景には、サントリーが「ハイボール」という飲み方をPRし、若い世代や女性にも受け入れられていったことや、2014年から放送された「マッサン」というニッカウヰスキーの創業者夫妻を主人公にしたNHKの朝ドラの影響で消費量が増えたことがあると言われていますが、それよりも日本のウィスキーが世界的な賞を次々と受賞したことで世界的な需要が高まったことが大きいようです。
樽の中で数年熟成させなければならないウィスキーは、すぐに大量生産で供給を増やすことも出来ず、また、ウィスキーの人気が低迷した頃に生産量を縮小したことも現在の状況につながっているようです。

特にサントリーのウィスキーは世界的な評価を得て人気が高く、数年前には近所のスーパーやドラッグストアでも普通に手に入った「山崎」や「白州」、ブレンテッドウィスキーの「響」などは、酒屋など専門店でも目にすることが無くなってしまいました。

そんな中、今月(2018年5月)サントリーは、「白州12年」と「響17年」を6月以降、順次販売休止にすると発表しました。

「白州」ブランドサイト

「響」ブランドサイト

「白州」の12年とは、樽の中で12年間熟成させたもので、「響」の17年とは、もっとも若い原酒であっても17年以上熟成させた、いくつかの原酒をブレンドしたもののことをいいます。熟成年数の表記があるものに対して、表記がないものをノンエイジ(NAS=No age statement)呼ぶのですが、当然のことながら年数表記があるものは、ノンエイジよりも高く、また年数が長いほど高額になる傾向があります。

今年の初め(2018年1月)には、サザビーズのオークションで「山崎50年」が、約3,250万円で落札されたというニュースがありました。
このウィスキーは、サントリーが2011年に150本限定で、100万円で販売したものですが、2016年にオークションに出品された際には約850万円だったそうですから、販売から7年あまりの間にうなぎ登りで価値が高まっていったことがわかります。

ちなみに、一本の瓶(700ml)から飲める杯数は、ワンショット(約30ml)で23杯ですから、一杯あたり140万円強ということになります。とても飲むことは出来ませんね。

いまやヴィンテージウィスキーは、飲む目的ではなく、投資の対象品となってしまっているそうです。特に日本のウィスキーは中国で人気が高く、中国人のバイヤーが大量に買っていくという話も聞きました。

さて、本題の需要と供給の話なのですが、

「白州12年」と「響17年」の休売発表を知り、ネットでの販売価格を見ると、見る見るうちに値段が上がっていくのがわかりました。Amazonで出品されている「白州12年」を見ると、それまでも品薄を背景に1.8万円程で販売されていたものが、その日のうちに8万円を超える値付けに変更されました。

本日(2018年5月23日)時点では、その後の価格調整もあったようで、7万円弱からの値付けになっていますが、それでも一番高い業者は、13万円弱の値段をつけています。
「山崎50年」に比べればたいしたことは無いようにも思いますが、それでもサントリーがつけている「白州12年」の希望小売価格は、8,500円(税抜)ですから、いかに強気の値付けであるかが分かります。

「白州12年」の値上がりに加えて、ノンエイジの「白州」も値段が上がっていきました。
希望小売価格が4,200円(税抜)の商品が、なんと最低でも1.6万円あまりと4倍近い値段になりました。

なんともわかりやすい便乗値上げをする業者の強欲ぶりに、いささかの嫌悪感を覚えざるを得ませんでしたが、一方でこれが需要と供給によって値段が決まる資本主義の本来の姿なのだなとも考えました。

休売発表直後に販売していた出品業者の多くが今は出品していないところを見ると、高値でうまく売り抜けたように思われます。
つまりそれは、その高値でも買う人がいたということです。
ただ値段を考えると、買った人の中には、自分で飲むのではなく、さらなる値上がりを見込んで買った人が多いのではないかと思います。

3,250万円の「山崎50年」が、もはや飲み物という範疇には無いことと同様に、「白州12年」や「響17年」も、なかなか手に入らないという希少性から投資対象になってしまっているのでしょう。
言ってしまえば株式市場の取引と一緒で、たとえ高値であっても、まだ上がると考える人は買うというだけのことで、そこにあるのは、「欲」です。

売る側は、「できるだけ高く売りたい。」と考え、
買う側は、「その後の値上がりによる利益をできるだけ多くを得られる価格で買いたい。」と考える。
お互いの「欲」が折り合ったところに売買の成立があります。

「ウォール街」という昔の映画の中に、名優マイケル・ダグラスさんが扮する金融界の大物、ゴードン・ゲッコーが、株の買い占めを進めた、テルダー製紙という会社の株主総会に乗り込み演説するシーンで出てきます。
演説の中でゲッコーは、覇気の感じられない現経営陣を批判しつつ、「欲」こそが、人類進歩の原動力であると説き、他の株主たちの心を掴みます。

確かにその通り、資本主義の根底にあるものは「欲」なのかもしれません。

ただ、今回の便乗値上げで思い出したことがあります。

数十年前にアメリカで大きなハリケーンによって、たくさんの家屋が損壊する被害がでたことがあった際、多くのホームセンターが資材の便乗値上げをしたそうです。(アメリカの人たちは、DIYという自分で家屋の修理をするのが一般的なようです)

しかし、そんな中で、「ホーム・デポ」(だったと思う)というホームセンターは、値上げをせず、逆に安価で販売をしたそうです。資材不足から高値で販売する店で買わざるを得なかった人たちも、騒動が落ち着き、平価に戻った後は、みんな「ホーム・デポ」(The Home Depot)で買い物をするようになったという話です。
当然の人間の心理ですよね。

考えてみれば、Amazonに出品している業者の多くは、個人事業者が多く、買いたい商品の販売をしているという一点以外には顧客にとって縁もゆかりもない、顔が見えない業者(人)たちです。
業者にとっても顧客は、ネット通販の向こう側にいる会ったことも無い人たちです。
そういう点も、売った人、買った人が誰か分からない、株式の売買と似ているように思います。
ウィスキーは家屋の修理資材と違って、嗜好品ではありますが、よく知っている相手に対してもあの値段で売れるのかなぁ。と考えました。

「欲」は資本主義を突き動かし、成長させる原動力であるとは思いますが、その資本主義を正常に機能させるのは、「信頼」であるとも感じます。

物の価値とはなんでしょう。

ありがたいことに、私のところには「白州12年」が残っています。
以前、酒屋さんで通常の値段で買ったものです。
通常価格でも8,500円なので、高い酒です。あらためて計算してみると、シングル一杯あたり370円ほどになります。
ところが、いまや一杯あたり3,500円を超える酒になってしまいました。
今まで家で飲むときには、一杯がいくらなどと考えたことはありませんでしたが、次に飲むときにはどう考えたら良いのでしょうか。

味が変わったわけでも、量が増えたわけでも無い。
ただ、休売という「情報」だけで一気に値段が上がってしまった。
需要と供給という人々の欲が折り合った点が非常に高くなったというだけで、ウィスキー自体は何も変わっていません。
そもそも、ものの価値とはなんだろうかとも考えてしまいます。

ただ、造り手であるサントリーの方々は、自分たちが精魂込めて造り出したウィスキーを、美味しいと言って笑顔で飲んでもらうことを望んでいると思います。
高く売れるのであれば、それに越したことは無いでしょうが、かといってあまりの高値で飲むことすら叶わないようになることは本意では無いでしょう。
ものの値段、価値、資本主義の本質、人間の欲などいろいろと考えさせられる出来事でした。

この記事を書いた人

池谷 義紀
池谷 義紀株式会社アーティス 代表取締役
1998年アーティスを設立し、インターネット通信販売をはじめとした数々のウェブサイト構築を手がける。ユーザビリティという言葉自体が耳慣れなかった頃よりその可能性に着目。理論や研究だけでなく、実際の構築と運営という現場で積み重ねてきた実績がクライアントの信頼を集めている。
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