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会社は誰のものか

会社とは誰のものであるかを解説しています


会社は株主のものである

会社は誰のものかという議論があります。

よくある答えは、「株主」「経営者」「社員」「お客様」「地域社会」などとまちまちですが、このように様々な答えが出てくる背景には「もの」という言葉の解釈の違いがあります。
通常「のもの」という場合、それは「所有」を表わします。
その視点で考えれば、答えは明白であり「会社は株主のもの」です。
株主は、経済的なリスクを冒して会社を設立あるいは買収するのですから、出資と引き替えに得た株式の割合に応じて「所有」することになるわけです。

ですから、資本主義の理解が確立されているアメリカでは、株主に対して送られる通知書類には「Your Company」と記載するのが当たり前になっています。
日本での、株主に対して「当社」や「我社」いう記載をすることはそもそもおかしな話なのです。

※ 但し、「会社は株主のもの」だとは言い切れない部分もあり、それはまた後述します

会社は誰の”ための”ものか

しかしながら、会社は誰の「”ため”のもの」かと言った場合は、話が違ってきます。
冒頭に挙げた答えのすべてが当てはまると思います。
それ以外にも「会社の取引先」や「融資している金融機関」なども含まれてきます。

私は、会社という存在は、そこに関わる人や組織を「幸せ」にしていくために存在していると固く信じています。
昔からよく「顧客第一主義」が標榜され、外資ファンドが活躍した時期には「株主第一主義」、最近では「社員第一主義」を掲げる会社も増えてきていますが、私は誰が一番かということでは無く、会社が関係者の「幸せ」を実現するため存在であるのなら、会社との関わりが強い人からその「幸せ」を享受できるべきだとそう思います。
だから、あらためて会社とは「そこに関わるすべての人たちを幸せにする」ための存在だと思うわけです。

オーナーであっても自由にはならない

さて、先ほど「会社は株主のもの」だとは言い切れない部分もあると書いたのだが、それはこういうことです。

通常、自分が所有しているものであれば、それをどう使おうと自由です。
自分が所有している車をどんなに乱暴に扱おうとも、ぶつけてへこませようとも自由です。また、自宅の冷蔵庫に入っているアイスクリームをどれだけ食べようと自由です。

しかし会社となるとそうは行かないところがいろいろとあります。
たとえばパンを作っている会社を所有している株主が、できあがったパンを、腹が減ったからと勝手に食べることは許されません。
どうしても食べたければ、(自分が所有しているはずの)会社から買うという手続きをしなければならず、そうしなければ法的には「横領」ということになってしまいます。
当然、接待と称しての会社の利益にならない個人的な飲み食いも同様で、税務的にみれば脱税と見なされます。
このあたりが会社という存在の面白いところですね。

会社とは生き物である

会社(法人)とは、法的な「人格」を与えられた存在です。
確かに、人間が人間を「所有」することは出来ないし、たとえば犬や猫のような動物であっても、自分のペットだからと虐待したりすることは許されません。
そう考えると、会社(法人)とは、人間同様、「命」を持った存在であると言うことも出来ると思うわけで、あらためて尊い存在なのだなぁ、と思う次第です。